花のかたち(2)

仏塔と胎蔵

八木橋司 1995年


<Part2>



2ストゥーパの造形理念

多くの研究が、仏教信仰としてのストゥーパの成立の背景に、それに先行して、太古から人々が自明
として来た文化基盤としてのストゥーパ信仰が存在し、ストゥーパにおける仏教信仰が、そうしたより
広大な基盤に則しながら、独自の進展を成したものと捉える視座の可能性を提示していた。こうした
観点の確認を終え、ここで本考察が担う直接の内容へと論旨を転換しよう。

前回の我々の考察は、数体の初期マトゥラー仏に共通する構造を解明する事によって、同時にその
理念自体が、独自の仏教思想の側面を有し、仏像造立の根拠がそれに自足している事を示した。
加えて、その理念が「華厳経」に代表される大乗思想の根底に、並行して位置する可能性をまとめ
た。今回の考察の要点は、こうした創造的な展開が、サンチー第二塔やバールフットのストゥーパ
遺品の一部によって確認できる造形理念から、連続したものであることを提示する旨にある。以下
の我々の具体的な構造解析は、これらストゥーパ造形遺


品に示きれている明確な造形理念の本質と、その根底にあるストゥーバの人々の創造活動の動機が
帰属する、仏教以前のより素朴で原初的な文化背景との、自然な融合を明らかにするであろう。


■「花のかたち」の概要

前回明らかにした、我々の考察の原点である「カトゥラー出土仏坐像」の解析で浮かび上がった、花
の形を彷彿させる幾何図形の構造について、まず概略振り返っておこう。

「カトゥラー出土仏坐像」の上には、深く堅牢な構築性が見て取れる。この構築の本質へ向ける考
察の結果、まず我々はそこに、極めて正確で端的なペンタグラムの適用を発見した。さらに、このペ
ンタグラムヘの考察を深めた結果、この仏坐像の造形化の基盤が、単独の正五角形への配置に
還元しきれない、より複雑な構造である事が解った。この仏坐像を規定している構造が、正三角形
と正五角形のそれぞれの作図法における、最も単純で本質的な円の構成を合理的に統合した図形
である事が判明したのである。参考図版1に示した「花のかたちの作図法」を参照すれば、その幾何
学上の意義の把握は容易である。

Aは、中央の基準円と、左右それぞれの半径の中点を中心とする同径の二つ円の、交差の位相を用
いて、正三角形を作図する方法である。Bは、中央の規準円に内接させて作図した正五角形の、それ
ぞれの頂点を中心として、正五角形の一辺を半径とする五個の円を作図したものである。これらは、
幾何学において最も重視される二つの正多角形の、作図およびその性質に関わる限定的な円の配置
である。

AとBのそれぞれの基準円を重ね合わせることによって、Cの図形が得られる。この図形から、中心の
垂直線を基準線として、円の配置だけを抽出した図形が、我々が「花のかたち」と呼ぶところの図形で
ある。この構造は、恣意的要因を排除した単純な幾何学の位相を示すにすぎないものである。

カトゥラーの仏坐像の構造規定は、さらにこの図形を単位図形とする連鎖縮小法において成立して
おり、我々の当初の予想を遥かに越えた、類いまれな高度な理念として完結したものであった。この
連鎖縮小法の発見が、カトゥラーの仏坐像の造形者の、天才的な知性によって成きれた事は、その
造形化のプロセスの検証の結果すでに明らかである(10)。しかし、単独図形としての「花のかたち」の
存在は、初期マトゥラー派とこの造形者が受け継いだ、ストゥーパの造形集団からの伝承であること
が、サンチー第二塔、バールフットの遺品への検証によって明らかとなるだろう。









■メダリオン図像の共通構造

前回の考察は、対象とする構造が極めて高度であった為に、その解説に相当の紙数を要したのだ
が、今回の個々の作例への解説は、そうした量には至らない。これらが基盤とする構造とその適用
を選択した理念は、極めて素朴なものである。しかし、それ故にストゥーパの創作活動の本質の明確
な把握が可能となるのである。以下に提示する全ての作例は、どれも唯一の共通した基盤によって
構造化されており、そこには単位図形としての「花のかたち」の、一律な適用が明確に見て取れるに
すぎないのである。

「花のかたち」をさらに新たな円内に内接させた図を、参考図版2に示してあるので参照して頂きたい。
この図形の外周円とメダリオン(円形区画)の区画円を一致させるという単純な操作によってのみ、
今回我々の提示するメダリオン解析図版の全ては作成されている。ただし、図形の外周円自体は、
メダリオンの区画円と一致するので、煩雑を避けて省略してある。また、さらに必然的に発生する
外周円に内接する正五角形が、造形上対応していると見られる作例においては、これを加えて作図
した。


■サンチー第二塔

有名な仏教遺跡であるサンチーには、三つのストゥーパがある。そのうち規模的に最も大きいのは、
ヤクシー像や供養図などが隙間なく造形された四方位のトーラナを有する第一塔である。しかし、歴
史的に最も先行して建造され、より古い造形遺品を有するのは第二塔である。第二塔の成立年代は
紀元前二世紀中期とされ、バールフットと並んでシュンガ朝期の代表的遺跡であるが、今日完全な
状態で存在しているストゥーバ遺構として、これが最古のものである(11)。

この第二塔を取り巻く欄楯の柱は、メダリオンを規則的に配置し、そこに各種の図像を造形している。
これらの図像で顕著な主題は、「蓮華装飾」「ヤクシャ、ヤクシー」「ナーガ」「動物」であり、明らかな
仏教説話と考えられる図像は見受けられないのである。ここに見るモチーフが、非仏教的な先行する
アニミズム文化に起因して導入されたことは疑い得ない。浮彫彫刻のテーマは限られているが、その
表現は変化に富む。蓮華模様は最も好まれたモティーフで、開敷蓮華模様を基本としながら蕾や側面
向きの蔓草を様々に組合わせたり、満瓶や葉形あるいは亀やマカラ(摩竭魚)のロから生える意匠を
とったりして多様である。動物には象、牛、馬、鹿、獅子、孔雀、あひる、マカラ、ナーガ、グリフォンなど
が現われている。これらの動物を仏伝中に出てくる動物と結び付けて解釈する説もあるが、豊穣や力
を象徴する吉祥な動物として当時の人々の想像力の中に染みわたっていたものであろう。
(宮治昭「インド美術史」四二頁)


■パールフットのストゥーパ遺構

バールフットのストウーバは、一八七一年にカニンガムによって、崩壊した状態で発見された。この為、
今日ストゥーパ本体は存在せず、残念ながらその姿を見ることはかなわない。回収されたトーラナ一門
と、創建時の半数以上回収きれたという欄楯の一部がカルカッタの博物館の館内に再構築されている。
しかし、この再現は必ずしも創建当初の配置を考慮したものとは言えないとする指摘がある。

バールフットのメダリオンには、蓮華やヤクシャ、ヤクシーを造形したものに加えて、仏陀の前世話や
仏伝といった明らかな仏教主題が存在し、重点が置かれている。この点が、既に説明した等身大の
ヤクシー達の構造的配置に加えて、サンチー第二塔の主題との決定的な違いとなっている。また、
仏陀を象徴化して表現する造形的方法が、意図的な選択において成された事を裏付ける銘文が数種
確認きれており、ストゥーバ信仰の本質と仏像表現出現の狭間の困難な問題提起を確固と示す遺品
である(12)。

この二つのストゥーバのメダリオンの中から、いくつかのテーマごとに主要作例を分類して、その検証
を進める事としたい。


■蓮華

サンチーメダリオンに、最も多く見られるテーマは、区画内ぎりぎりに咲き広がる、蓮華の図像である。
それらはほとんど同じシンメトリーの構図に基づいて造形されている。まず最初に、このテーマに属す
数種の主要な作例を揚げ、それらの関連から造形に先行する基準図形が、明確な意図のもとに導入
されている事実を明らかにしたい。

図版1は、サンチーの写真図版上に、既に示した方法で基準図形を重ね合わせたものである。中央の
咲きかけた大きな花は、基準図形の正五角形に対応する五つの円の中段左右の円の上部交点の上
に正確にのせられている。この交点は、基準図形中央の円の最上部であり、五角形対応の円の上部
の円の中心でもある、「花のかたち」の構造においての主要点である。この点は、カトゥラー仏坐像に
おいて見い出ぎれた構造の、連鎖の基準点である。区画円左右に位置する、真横から見たようにデザ
インされた葉の先端は、外周円に内接する正五角形の頂点にほぼ一致している。直線的にのびた左右
の茎と葉は、正五角形の左右二辺にほぼ平行している。この茎と中央の花に囲まれた領域に、基準
図形の中央の円が内接している。

図版2は、同様の意匠に属すもうひとつの作例である。中央の花は先の例と全く同じ位相によって規定
されている。正五角形左右の頂点へ、ペガサスの顔と脚、蕾の先端が向けられている。下方に表現さ
れる葉や茎の造形上の流れは、基準図形中央に重なり合う円の下部の形状に対応して生み出されて
いる。特に茎が集まる箇所の造形は、基準図形の細かな交差領域に同調している。





図版3は、(この図版は用いた写真がやや斜めから撮っているので、歪みがあり解析もその分、不十分
なものと考えなくてはならない)中央の花の位置が先の交点からやや外れている。しかし、造形上部左
右の蕾のカーブは、基準図形上部の円に規定されているように見える。造形下部の瓶の□の位置は、
正確に基準図形に規定されている。茎の流れも基準図形の位相に同調しているように感じられる。

図版4は、こうした一連の蓮華の意匠の内で、最もたくみな作例である。中央の花の規定は、やはり先
の二つの例と同様の交点によってなされている。瓶の規定は図版3の在り方と同じである。造形左右
の大きな花の位置は、基準円左右の円に対応して配置されており、大きな三つの花の間の左右の横
向きの花は、基準形上部三つの円の交差状況に対応している。瓶のロに集まって来る茎や蕾の流れ
も、基準図形の中央付近に展開する複雑な円弧の位相に丁寧に対応させてデザインされている。こう
した各所の在り方は、基準図形全体のテンションにおいて一体化され、区画内において強靭な構築を
形成している。以上四例は全てサンチーの作例である。





図版5は、同じ蓮華のテーマによるバールフットの作例である。造形下部の瓶の位置はサンチーの例
と同じである。正五角形左右の頂点に花と雷の先端が位置している。五角形左右の円の上の交点に
は、真横から見た花の根元が、わずかにずれてはいるがかなり近い位置に造形されている。しかし、
花の根元はすぐ下のもうひとつの交点に一致しており、この位置を優先したと考える方が妥当であろう。
基準図形の円弧の流れと、造形の配置の対応を総体として眺めるなら、一見気ままに並べただけに思
われかねないこの造形の配置が、実は基準図形の総体構造を綿密に考慮した上で成されているれて
いる事は、明らかである。

これら一連の蓮華の配置に見られる全く同じ原理の踏襲と、その発想の極度の明解ざが、むしろ彼ら
の造形理念の実態を端的に伝えてくれている。


■蓮華とヤクシャ

蓮華を生けた瓶のテーマは「満瓶」と称きれ、ストゥーバのメダリオンの最も特徴的な意匠であるが、
この配置における瓶の位置に、そのままヤクシャを配した図像が存在する。図版6はサンチーの作例
である。中央上部の大きな花の規定は、これまでの蓮華意匠における配置と全く同じである。蓮華を
造形した他の箇所で、基準図形の特定の位置に完全に一致する要素は見うけられないが、全体の流
れは基準図形に同調しているように見える。同じ図像が、バールフットにも存在する。





図版7がそれである。大きな花が、例の重要交点上の空間に配置きれている。ヤクシャに対する基準
図形の規定は明確であり、サンチーの作例と正確に一致している。中央の円内に蓮華ふたつとヤクシャ
の首がきれいに納まっている。蕾一個と茎二本が、この円を取り巻き配置ぎれている。蓮華の部分で
基準図形の特定の交点上に、造形要素が一致している箇所は他に見うけられないが、基準図形の円
の位相の総体に、図像全体の流れを有機的に同調させている事は明らかと言える。基準図形の総体の
豊饒さを、具体的造形に巧妙に織り込んだ、高度な意匠性がうかがえる作例のひとつであろう。

図版8はサンチーの同じテーマの作例ではあるが、ヤクシャの取り込み方を大きくしたものである。中央
の円内にヤクシャの上半身が正確に納まっている。さらに、この円内に生じた交差領域内に首と胴体が
納まっている。右足かかとと篭の先端が、正五角形の下部左右の頂点に対応している。基準図形の適用
が明確な作例である。

こうした一連の蓮華とヤクシャの意匠に関して注目しなくてはならないのは、ヤクシャの存在が「蓮華満瓶」
の瓶に対応することである。この対応の重要性が、意匠的側面から密教美術史での壷の象徴的意義を
洞察する杉浦康平先生の研究において、既に指摘されている(13)。ここまでの構造面での考察によって、
メダリオンの意匠に見られるこの重要な転換の事例が、「花のかたち」の基準図形の存在とストゥーバの
造形理念によって成立している事が判明した。


■ナーガ

ストゥーパ崇拝の重大な担い手として、ナーガと言う民族を揚げる趣旨の杉本先生の言及を先に引用
した。大乗仏教ではナーガは尊格化され竜王と漢訳されるが、本来ナーガはコプラの事であり、これを
トーテムとする民族を意味するのである(14)。ナーガに関してのこうした認識は既に一般的である。
ストゥーバに登場するナーガはヤクシャに比べると作例は少数だが、こうしたアニミズム的性格の崇拝
神として、独立したあつかいを受けているかに思える。サンチー、バールフットに既に登場するナーガ
の表象は、先の引用の論拠を支える重要な資料のひとつとして考慮する必要を強く感じる。しかも、
その後の大乗仏教の展開において、随所で重要な役割を担っている、このナーガの足取りをたどる
重要な資料がこのストゥーバのメダリオンに存在しているのである。

図版9はバールフットの作例である。中央のナーガの頭上に五つに分岐したコプラの頭がのっている
が、この規定もここまでの一連の在り方に準じている。コプラの扇状の頭はきれいに円周に納まって
いる。人身として表現されたナーガの全身は、ややずれはあるものの、基準図形の中心線上に形成
される交差領域によって規定されたものと取って差支えないだろう。上半身は、図版8のヤクシャの
上体の規定と全く同じ適用となっている。





図版10はサンチーの作例である。このナーガは五頭のコプラとして表現されており、バールフットの
作例より、さらにアニミズムの神としての性格を想像きせる度合いが強い。分岐した頭部がまとまる
付け根部分は、区画円の中心に位極している。基準図形中央の円の下のラインに、とぐろを巻いた
蛇の胴体が同調しているかに思える。これまでの図版の内では、基準図形との同調度が弱い作例
ではあるが、適用の存在は十分読み取り得ると考える。我々の今後の、大乗美術史への新たな考察
の重大な資料である、ナーガに関わる造形遺品がサンチーに存在している。図版11がそれである。
我々も基準図形を重ねるまでは、区画円内に五頭の蛇身を押し込めただけの、極めて素朴な表現と
の印象を拭い切れなかったのだが、こうして解析図版の位相を前に、そこに存在する総体的な同調
性が強靭な構成配置をもたらしていた事を再認識したのである。

この五頭のナーガの図像の意義は、ナーガに関わる他の作例以上に重大である。このナーガ単体の
図像は、それが具体的にシンボルマークと取れることで、部族としてのナーガのトーテムを表現して
いる可能性が極めて濃厚だからである。少なくても、サンチー第二塔の建造に関わった勢力の内に、
五頭のナーガをトーテムとする部族がいたことは推察されなくてはならない。しかも、この歴史上重
大な造形作業の展開の現場に居合わせた彼らが、高度な作図法や建造技術を学び、その後も独自
の文化として展開させなかったはずはないと考えなくてはならないのである。仏教信仰の側面へとや
がて傾く、ストゥーバの信仰形態において、アニミズムの源流に根ざすナーガの文化が、どのような
解釈学的進展を呈したのかをたどるキーワードこそ、この五頭ナーガの意匠なのである。この五頭ナ
ーガ自体を主要な表現として建立きれている、重大な仏教遺跡であるアマラバーディーのストウーバ
こそを、我々はここで念頭に置いているのである。この考察の展開は、機を改めて提示する。





■「花のかたち」の存在を明確に示す作例

ここまで見てきた解析は、前回の考察からの、我々の解析の手法とその論旨を把握してもらえれ
ば、偽りなき検証として理解して頂けるはずである。しかし、個々の作例の精度の差や、造形時に
おける配置選択の適用の解釈の若干の違い、さらに使用した写真図版の鮮明度などに関わって、
検証に恣意的側面が発生している可能性を指摘する向きがあるかも知れない。今回の考察で、
最も重要な二つの作例群の検証に先だって、こうした疑念を払拭する、極めて端的かつ精巧な、
「花のかたち」を基準図形とするバールフットの作例を揚げておこう。図版12については、もはや
解説は不要ですらある。まさに、「花のかたち」の基準図形を正確に移しとったものである。造形の
外周の区画円と内部中央の円は、基準図形の外周円と中央の円に正確極まりなく同調している。
中央の円の内部の花は中心に向けて三段階の円形を形成しているが、二段目の花は正三角形の
作図に関わる円の交差領域によって規定されている。三段目の花芯は、正五角形の五つの円の交差
領域に規定されている。基準図形の存在を証明するものとしては、この上なく明快な作例である(15)。
図版14も基本的に同じ性質のものだが、基準円中央の円内にきれいに納まる花の中心に、ヤクシ
ャの顔が造形されている。上下の大きな花や、烏の背から首にかけての流れなどは、明らかに基準
図形の規定において配置されている。この作例に特有の重要事項として述べておくべきは、ヤクシャ
の顔の造りにおける面構造の具体的な規定が、その上を横切る円弧の組み立てによって、正確な規
定を受けていることである。このような基準図形の、円弧の位相を具体的な人体造形の上に詳細に
取り込む方法は、カトゥラーの仏坐像に見たものと同じ内容である。






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